狸谷山不動院(読み方:たぬきだにさんふどういん)はイベントをやっていない普段は観光客がほとんどいない静かな京都の穴場観光スポット。 見どころは何と言っても参道250段の階段を上った先に見える岩盤斜面の懸崖造り(けんがいづくり)(※)の本堂。 中には不動明王(ふどうみょうおう)が安置されており、 清水寺の舞台を小さくしたような本堂は実際に真下から眺めるとその迫力と美しさに圧巻です。
懸崖造りとは、崖などの高低差の大きい土地の斜面に長い柱などのラーメン構造で床を固定して建てる建築様式で、最も古い記録では平安中期に建立された清水寺本堂が有名。 同義語として「懸造り」(かけづくり)、「崖造り」(がけづくり)などがあるが、 「舞台造り」と同義かは不明。
ご利益は厄よけ、ガン封じ、交通安全で自動車のご祈祷でも有名です。
車やタクシー利用の方は、250段の階段のすぐ下の無料駐車場まで行くと楽ですが、
足腰に自信のある方は是非麓の「一乗寺下り松」から急な坂道から徒歩で登ってみて下さい。
今も残る蔵や町屋の風情ある街並み、一乗寺下り松に八大神社、降魔不動明王、有名な詩仙堂が堪能できます。
白龍弁財天
250段の階段を上り始めてすぐ左手には、白龍弁財天(はくりゅうべんざいてん)が見えてきます。 この白龍弁財天は享保3年(1718年)、木食上人参籠修行の砌りを 「一切衆生の苦難、恐怖を除き、財宝、福利を与え給え」との誓いをもとに祀ったもの。
木喰(もくじき)とは、火を通した食べ物や肉類、米類、野菜を摂らず、木の実や果物のみを食べて修行することをいい、
このような僧侶を木喰上人といいます。
参籠修行(さんろう修行)とは、昼夜問わずその場所に引き籠って神仏に祈願し続ける修行。
弘法大師像がお出迎え
250段の階段の途中には日本に真言宗を広めた弘法大師(こうぼうだいし)像が参拝者をお迎えしてくれます。 唐(中国)へ渡って密教を学び、日本に真言宗を広めた弘法大師(※空海の諡号)は和歌山県の高野山に総本山の金剛峯寺(こんごうぶじ)を創建したことでも有名。
表参道付近の見どころ
降魔不動明王
狸谷山不動院の表参道沿いにある、降魔不動明王(ごうまふどうみょうおう)。右手に持つ「倶利迦羅剣(くりからけん)」という剣は煩悩を打ち払う法具です。
壁には巨大な草履がかけられ、龍の絵が彫られた太鼓と鐘が飾られています。
一乗寺下り松
狸谷山不動院の麓にある、交通の要衝として平安時代から旅人の目印として植え継がれてきたのが、
この「一乗寺下り松」と呼ばれる4代目の松の木です。
狸谷山不動院の参詣道「狸谷不動明王道(-たぬきだにふどうみょうおうどう)」と修学院の曼殊院までの「曼殊院道(まんしゅいんみち)」の分岐にあります。
慶長9年(1604年)剣の達人、宮本武蔵が吉岡一門と最終決戦したことでも有名な地です。
武蔵一人に対し、吉岡側は大将の吉岡源次郎(12歳)とその父、源左衛の周囲には、詳しい数は分かっていませんが100人を超える門弟を配置、鉄砲まで準備して守っていたとされます。
しかし武蔵はその下り松の周囲が一望できる山中の高台から手薄になった箇所を確認して一気に攻め込み、背後から源次郎を切りつけ討つことに成功。
そして奇襲を防げなかった吉岡勢との死闘をくぐり抜けた武蔵は九条大宮の東寺の観智院(かんちいん)でしばらく身を隠したそうです。
現在、200mほど東にある八大神社は宮本武蔵が決闘前に奉拝したとされ、当時の下り松の古木が祀られ傍らには宮本武蔵の像も一緒に建っています。
ちなみに、一乗寺下り松(いちじょうじさがりまつ)は、送り仮名が紛らわしく「くだりまつ」と読み方を間違う方が多いですが「さがりまつ」が正解。
狸谷山不動院は観光客が少なく穴場ですが、麓に庭園が有名な詩仙堂や松尾芭蕉が滞在したとされる金福寺などの観光スポットがあり、 本堂横や麓の一条寺下り松付近にはキレイな水洗トイレも完備、リーズナブルで上品な和風の飲食店などもいくつか点在しているため快適に観光できます。
路地情報
路地名 | 狸谷山不動院(たぬきだにさんふどういん) |
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住所 | 〒606-8156 京都府京都市左京区一乗寺松原町6 |
最寄駅 | 叡山電鉄「一乗寺」駅 |
アクセス | 叡山電鉄「一乗寺」駅より徒歩25分 |
おすすめの時間 | 10:00~15:00 |
※水洗トイレあり
【拝観料】500円(高校生以下無料)
【ホームページ】http://www.tanukidani.com/
【TEL】075-722-0025
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